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小林清親《大川岸一之橋遠景》明治13(1880)年↓井上 安治《銀座商店夜景》明治15(1882)年 ともにスミソニアン国立アジア美術館 National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection

→作者不詳《亀戸の藤》明治23(1890年)年頃 スミソニアン国立アジア美術館 National Museum of Asian Art Archives, Smithsonian Institution, The Gloria Katz and Willard M. Huyck Jr. Collection
↑井上 安治《東京真画名所図解 鹿鳴館》明治16-22 (1883-1889)年 スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection
↑小林 清親《東京新大橋雨中図》明治9(1876)年 スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection↓川瀬 巴水《東京十二題 深川上の橋》大正9(1920)年 スミソニアン国立アジア美術館 National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection 版元:渡邊木版美術画舗

↑川瀬 巴水《東京十二題 五月雨ふる山王》大正8(1919)年 スミソニアン国立アジア美術館 National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection 版元:渡邊木版美術画舗
↑ポスター画像↓川瀬 巴水《東京十二題 春のあたご山》大正10(1921)年 スミソニアン国立アジア美術館 National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection 版元:渡邊木版美術画舗

明暗を強調し、明治初期の「開化絵」とは異なる上品な色使いと輪郭線を用いない空間表現で、東京の発展と人々の変化を描き、それは「光線画」と呼ばれ小林清親は一躍人気絵師となった。小林清親の描いた「光線画」は、光と深い陰影により江戸の情緒まで捉えている。
明治末期に浮世絵の復興を目指していた新版画は、その技術だけでなく清親たち作り手が画面に留めた江戸の情趣も引き継いで新しい日本の風景を見出そうとした。
本展では、小林清親の後、版元渡邊庄三郎とともに新しい浮世絵版画(四者協業)である新版画を確立した吉田博・川瀬巴水らに至る風景版画の流れをスミソニアン国立アジア美術館のミュラー・コレクションで辿る。
見どころは前述のように浮世絵の黄昏の時代に最後の浮世絵師とされていた小林清親

また明治の新しい視覚として日本人の意識に大きな影響を値えた写真にも注目。光と陰翳によって外界を映し込む写真は、人々の視覚に大きな変化をもたらす。当然浮世絵画家たちにも影響を与え、写真を意識した表現が生まれている。
江戸末期、明治初頭の日本人の姿や風俗を記録した写真は、外国人たちにとって好奇の視線の対象であったが、同時に現在の日本人我々にも、江戸の生活と情趣の貴重な記録である。やがて文明開化で失われゆく風景を惜しむノスタルジックな視点は、写真と浮世絵が共有している。
本展はこうした浮世絵と写真の織りなす複雑な関係を紐解くためにスミソニアン国立アジア美術館と三菱一号館美術館が共同で企画に取り組んだものである。構成は第一部 清親、第二部 新版画、と大きく二部に分けられている。
本展で紹介される浮世絵・新版画は、ロバート・O・ミュラー(1911-2003)が蒐集しアメリカ合衆国の首都・ワシントンD.C.にあるスミソニアン博物館群のひとつである国立アジア美術館に寄贈したもの。彼はディーラーとして米国に新版画を広める一方、約4,500点のコレクションを形成している。彼が収集した吉田博(1876-1950)、伊東深水(1898-1972)、川瀬巴水(1883-1957)といった絵師たちを含むその新版画コレクションは世界最高峰とされている。
今回そのなかから選りすぐりの浮世絵・新版画・写真約130点を借用。アメリカ建国250周年という記念の年に貴重な日本美術コレクションが、いまだかつてない規模で里帰りした。
小林清親 こばやしきよちか(1847-1915)明治時代の浮世絵師。闇にきらめく光で江戸から移り変わる東京の情景を描いた。最後の浮世絵師といわれる。幕臣の家に生まれ、慶応4(1868)年の鳥羽・伏見の戦いに加わり、幕府滅亡後は剣術で糊口をしのいだという。絵は独学で学んだ。1876年から刊行された『東京名所図』と呼ばれるシリーズで江戸情緒を残す東京を光と陰翳の中に描き、「光線画」と呼ばれて人気を博した。その後、広重『名所江戸百景』に影響を受けた回顧的な風景も描き、さらには日清戦争や日露戦争の際には戦況記録的な錦絵を数多く描いた。錦絵の衰退後は肉筆画を描いて活動した。
川瀬巴水 かわせはすい(1883-1957)新版画を代表する旅の画家。芝区露月町(港区新橋)の糸組物職人の長男として生まれた。画家を志し一時は洋画を学んだが、後に鏑木清方(1878-1972)に入門し、巴水の号をもらう。版元である渡邊庄三郎と出会い、さらに伊東深水『近江八景』に触発されて木版画に興味を抱き、風景版画の制作を開始。日本各地を旅して写生に基づいた作品を数多く発表し、新版画の代表的な絵師として活躍。かつては海外での評価が高かったが、近年ではその評価が逆輸入されて国内での人気が高まっている画家である。三菱とも関わりが深く、現在の清澄庭園や岩崎小彌太の別邸なども描いている。





