↑松本竣介《立てる像》1942年 油彩/カンヴァス 162.0×130.0cm 神奈川県立近代美術館©上野則宏↑中段上:中村彝《牛乳瓶のある静物》1912年頃 油彩/カンヴァス33.7×45.7cm 株式会社中村屋 ©上野則宏
→松本竣介《N駅近く》1940年 油彩/カンヴァス 97.0×131.0cm 東京国立近代美術館
↑中村彝《頭蓋骨を持てる自画像》1923年 油彩/カンヴァス 101.0× 71.0cm 公益財団法人大原芸術財 大原美術館

江戸時代には宿場町「内藤新宿」として栄えた新宿であるが、明治以降には人々の移動手段が鉄道へと変わったこともあり、新宿は次第に「新宿駅」を中心に人が集っていった。当時の新宿はそれでもまだみすぼらしい街で場末の雰囲気だったという記録がある。それでもこの街
↑芥川(間所)紗織《女》1954年 染色/綿布 131.0×98.4cm 板橋区立美術館
↑佐伯祐三《立てる自画像》1924年 油彩/カンヴァス 80.5×54.8cm 大阪中之島美術館←東郷青児《黒い手袋》1933年 油彩/カンヴァス 119.2×68.2cm SOMPO美術館
↑清宮質文《深夜の蝋燭》1974年 木版/紙 17.8×15.0cm 茨城県近代美術館 照沼コレクション
本展の構成は4章立てで、まず第一章で取り上げられるのは、彫刻家荻原守衛(碌山)と中村屋サロン。この新宿中村屋には教育者、新宿にアトリエがある画家、彫刻家、そして美術評論家などジャーナリストも集っていた。ここには「中村屋サロン」として前述の荻原守衛(碌山)や中村彝(つね)をはじめとして多くの新進芸術家たちが集まった。そしてこの中村屋サロンが日本の近代美術史におけるルーツの一つになった。
洋画家であった荻原守衛はパリ留学後、彫刻家オーギュスト・ロダンに影響され、彫刻へ転向した彫刻家である。ロダンとの対面を果たし、

洋画家中村彝(なかむらつね)も「中村屋サロン」に集った芸術家の一人だ。中村屋に集う作家たちの中心的な存在で、当初店の裏にアトリエを構え、食事の面倒なども創業者の相馬夫妻から面倒を見てもらうなど中村屋との縁が深い。終のすみかを構えた新宿・下落合には、彝を慕う作家たちが集い彝は彼らに影響を与えている。
第二章では、パリと日本を行き来しながら制作活動していた佐伯祐三を中心に紹介している。日本では人気の高い画家である佐伯祐三のアトリエは新宿の下落合にあり、近所にいた洋画家でエッセイストでもあった曽宮一念(そみや いちねん)と知り合い、曽宮を通じて前述の洋画家中村彝とも知り合っている。
↑宮脇愛子《作品(TL11-0)》1962年 油彩・大理石粉/カンヴァス91.0×71.0cm 水戸芸術館
第四章では、新潟県に生まれ、1971年にローマで亡くなった日本人画家阿部展也(あべ のぶや)と評論家・美術家の瀧口修造のもとに集った作家や写真家、評論家の集まりで実験工房と呼ばれた作家、また阿部に師事した芥川(間所)紗織、宮脇愛子など戦後新しい手法を取り入れていった作家を紹介している。
↑木村荘八《新宿駅》1935年 油彩/カンヴァス 97.5×130.5cm 個人蔵
アートだけでなく、ファッション、飲食店(食文化)、そして路上ライブなどのパフォーマンスの発端も新宿と言われている。様々な文化が入り混じったカオスのような1930年代の街から高層ビル群の街並みが現れた70年代の新宿。時代とともに変化し、21世紀の現在も駅の改装工事などで街の景観が大きく変貌を遂げようとしている。
本展では、その新宿とその周辺にアトリエを構えて活躍した画家たちを街の歴史とともに回顧できる展覧会である。





