キスリングポスター大↑ポスターに使用されたのは《ベル=ガズー(コレット・ド・ジュヴネル)》1933年 カンティーニ美術館、マルセイユ©Musée Cantini, Marseille 下段画像では一番奥に展示されている作品↓1920~30年代のパリで「モンパルナスのプリンス」と呼ばれていた頃の画家のパネル。右の展示は《赤い長椅子に横たわる裸婦》1918年 プティ・パレ美術館/近代美術財団、ジュネーヴ
エコール・ド・パリ(パリ派)を代表する画家、モイズ・キスリング(1891-1953)を紹介する展覧会である。エコール・ド・パリとは、20世紀前半、各地からパリのモンマルトルやモンパルナスに集まってボヘミアン的な生活をしていた画家たちの総称。1920年代を中心にパリで活動し、出身国も画風もさまざまな画家たちであった。
1891年、ポーランドのクラクフ生まれたキスリングは、美術学校を卒業後、1912年、19歳でモンマルトルのバトー・ラヴォワール(洗濯船)に移り住む。ここはモンマルトル(現在のパリ18区)
↑左/《カーテンの前の花束》1937年 村内美術館 右/《ヴァアンティーヌ・テシエの肖像》1927年 ナーマッド・コレクション↑左/シルヴィー嬢 1927年 松岡美術館 右/緑色のスカートの女性 1928年 村内美術館
にあった集合アトリエ兼住宅。20世紀初頭、パブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラック、モディリアーニ、モーリス・ドニなどモンマルトルの芸術家、文学者、俳優、画商らが活動の拠点としたところである。
同年、サロン・ドートンヌとアンデパンダン展に出品し、1919年には、ギャルリー・ドリュエにて個展を開催。 好評を博し1920年代には画家として成功している。 モンマルトルやモンパルナスでは上記のピカソ、ジョルジュ・ブラック、モディリアーニ、パスキンなど多くの芸術家と知り合い、初期はキュビスムの影響も受けたが、キュビストのように現実世界から離れることには抵抗。すぐに主題を写実的に表わすようになった。そして、風景画、静物画、裸婦などにおいて独自のスタイルを確率していったが、なかでも肖像画にその特徴が最もよく表れている。丁寧な筆致による洗練されたレアリスムと、静謐なムードで色彩でエコール・ド・パリの重要な芸術家として位置付けられていった。第二次世界大戦時のパリ陥落後は、ユダヤ人であったためナチスの迫害に遭うが友人や支援者も多く、アメリカに逃れている。終戦後1946年、フランスに戻ったときには、物資不足で混乱しているフランスの友人たちへアメリカからの物資を配るなど友人思いで、その後は南フランスで生涯を終えた。エコール・ド・パリの画家で自殺したパスキン、アルコール中毒のモディリアーニやユトリロなど破滅型のイメージの強いの画家が多い中では珍しく幸福な生涯を送った画家である。
本展では、1920~30年代のパリで「モンパルナスのプリンス」と呼ばれ、時代の寵児となったキスリングの画業を滞米時代の作品を含む約60点の作品で転換する。日本では、2007年に日本国内を巡回した「キスリング」展以来12年ぶりの開催であり、多数のキスリングの作品が一堂に会され、鑑賞できる絶好の機会のではないだろうか。
キスリング展 エコール・ド・パリの夢』庭園美術館(港区・白金台) 会期:2019年4月20日(土)~ 7月7日(日) 会場:東京都庭園美術館(本館+新館ギャラリー1)東京都港区白金台5-21-9 問合せ:ハローダイヤル ☎03-5777-8600  休館日:第2・第4水曜日(5月22日、6月12日、6月26日) 開館時間:10:00~18:00 (入館は閉館の30分前まで) 観覧料:一般1100円、大学生(専修・各種専門学校含む) 880円、中学生・高校生550円、65歳以上550円  後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本 協力:エールフランス航空 年間協賛:戸田建設株式会社、ブルームバーグ・エル・ピー 企画協力:株式会社ブレーントラスト